乳房外パジェット病とは?陰部のかゆみが治らない高齢者は皮膚がんの可能性も
乳房外パジェット病(にゅうぼうがいぱじぇっとびょう)は、皮膚の表面を覆う表皮の中に「パジェット細胞」と呼ばれる悪性の細胞が増殖する、皮膚がんの一種です。乳がんに伴って乳首や乳輪の周辺に発生する「乳房パジェット病」と区別するために、「乳房外(にゅうぼうがい)」という名称が付けられています。主に中高年以降の方に発症しやすく、初期の段階では強い痛みなどがほとんどないため、単なる湿疹やかぶれ、あるいは年齢による皮膚の乾燥と勘違いされて発見が遅れることが非常に多い疾患です。
アポクリン汗腺から発生する特殊な皮膚がんの概要
人間の皮膚には、汗を分泌する役割を持つ「汗腺」が存在しており、これには主に「エクリン汗腺」と「アポクリン汗腺」の2種類があります。エクリン汗腺が全身の皮膚に広く分布し、体温調節のためのサラサラとした汗を出すのに対し、アポクリン汗腺は体の特定の部位にのみ存在し、脂質やタンパク質を含んだ特有の汗を分泌します。乳房外パジェット病は、この「アポクリン汗腺」に由来する細胞、もしくは表皮内に存在する幹細胞が突然変異を起こし、悪性化することで発症すると考えられています。
そのため、このがんはアポクリン汗腺が多く分布している限られた部位にのみ病変が現れるという特異な性質を持っています。紫外線の影響を受けやすい顔や腕などの露出部ではなく、普段は衣服で隠れているデリケートな部位に発生するため、患者様ご自身で気づきにくいという難点があります。
発症しやすい部位と見落とされやすい社会的背景
乳房外パジェット病が最も発生しやすいのは、以下の部位です。
- 外陰部(陰部・生殖器の周辺):男性の場合は陰囊(いんのう)から陰茎の付け根にかけて、女性の場合は大陰唇をはじめとする外陰部周辺に最も多く発生します。全体の症例の大半がこの部位に集中しています。
- 肛門周囲:お尻の穴の周りの皮膚にもアポクリン汗腺が豊富に存在するため、外陰部に次いで発症しやすい部位です。外陰部から連続して肛門周囲にまで病変が広がるケースも珍しくありません。
- 腋窩(脇の下):稀ではありますが、脇の下もアポクリン汗腺が密集しているため、発症の標的となります。
- その他:へそ周辺や下腹部など、アポクリン汗腺がわずかに存在する部位に病変が及ぶこともあります。
これらの部位は、日常生活において自分自身でじっくりと観察する機会が少ない場所です。さらに、陰部や肛門周囲に異変(かゆみや赤みなど)を感じたとしても、「恥ずかしい」「不潔にしていると思われたくない」という羞恥心が先行し、医療機関への受診をためらってしまう患者様が多くいらっしゃいます。こうした心理的・社会的背景が、乳房外パジェット病の発見を数ヶ月から数年単位で遅らせてしまう大きな要因となっています。
ステージ別に見る乳房外パジェット病の5年生存率と予後
がんと診断された際、患者様やご家族が最も心配されるのは「生存率」や「病気の見通し(予後)」についてでしょう。乳房外パジェット病は、がん細胞が皮膚の表面(表皮内)に留まっている段階、あるいは少し奥に入り込んだ段階であっても、早期に適切な治療を行えば、非常に予後が良いがんとして知られています。
1,439例という大規模な浸潤性(がん細胞が表皮の下まで入り込んでいる状態)の乳房外パジェット病患者様を対象としたデータにおいて、病変の進行度(ステージ)ごとの疾患特異的5年生存率(他の病気や老衰による死亡を除外し、このがんのみを原因とした場合の生存率)は明確に示されています 。
| 病変の広がり(ステージの目安) | 状態の詳しい解説 | 5年生存率 | |
| 局所限局病巣 | がんが原発部位(発生した皮膚やその直下)に留まっており、リンパ節や他の遠くの臓器への転移が一切見られない状態です。 | 95% | |
| 所属領域進展病巣 | がんが原発部位の近くにあるリンパ節(足の付け根の鼠径リンパ節など)に転移している状態です。 | 85% | |
| 遠隔転移 | がんが血液やリンパ液の巡りに乗って、肺、肝臓、骨など、遠くの臓器にまで転移してしまっている状態です。 | 53% | |
このデータが示す通り、局所に留まっている段階(局所限局病巣)で発見し、適切な治療を開始できれば、5年生存率は95%と極めて良好な結果が期待できます 。しかしながら、遠隔転移を生じてしまうと生存率は53%にまで急激に低下してしまうため、いかに「ただの湿疹」と自己判断して放置せず、早期発見に繋げるかが命を守る鍵となります 。また、治療法による比較では、手術によって病変を切除した群は、非手術切除群に比べて有意に予後が良好であると報告されており、手術が第一選択の治療であることが統計的にも裏付けられています 。
見逃されやすい乳房外パジェット病の初期症状と進行期のサイン
乳房外パジェット病の症状は、数ヶ月から数年という長い時間をかけてゆっくりと進行し、少しずつ変化していきます。皮膚がんの一種ではありますが、初期には「明らかなしこり」や「黒いホクロのような腫瘍」といったわかりやすい盛り上がりが少ないため、視覚的な異常だけでがんだと気づくのは一般の方には困難です。
初期段階の自覚症状:治らない赤み・白抜け・慢性的な湿疹
初期段階では、パジェット細胞は皮膚の最も浅い層である表皮の中にのみ存在しており、これを「表皮内がん(上皮内がん)」と呼びます。この時期の代表的な症状には、以下のようなものがあります。
| 紅斑(こうはん) | 皮膚が赤く変色します。境界が比較的はっきりとした赤い斑点のように見えることもあれば、ぼんやりと広がっていることもあります。 |
|---|---|
| 白斑(はくはん) | 赤い病変の中に、皮膚の色が白く抜けたような部分(色素脱失)が混ざることがあります。赤と白がまだら模様になるのが、この病気の特徴的な見え方の一つです。 |
| 鱗屑(りんせつ)や痂皮(かひ) | 表面の皮膚がカサカサになり、フケのようにポロポロと剥がれ落ちたり(鱗屑)、少し汁が出てかさぶたのようなものができたり(痂皮)します。 |
| 軽度のかゆみ | チクチク、ムズムズとした持続的なかゆみを伴うことが多いです。しかし、中には全くかゆみを感じず、無症状のまま病変だけが広がっていくケースもあります。 |
これらの症状は、誰もが一度は経験するような「かぶれ」や、カビの一種である白癬菌が原因となる「いんきんたむし」と非常に似ています。そのため、市販のステロイド軟膏や抗真菌薬(水虫の薬)を塗って一時的に赤みが引いたり、かゆみが和らいだりしたように見えてしまうことがあり、これが根本的な診断を遅らせる最大の原因となっています。
症状の進行と変化:ただれ・しこり・出血の危険信号
がん細胞が表皮内で増殖を続け、やがて皮膚の奥深く(真皮層)へと侵入していく「浸潤(しんじゅん)」が始まると、症状はより深刻なものへと変化し、周囲の組織を破壊し始めます。
| びらん・潰瘍(かいよう) | 皮膚の表面がジュクジュクとただれ(びらん)、さらに進行すると深くえぐれた状態(潰瘍)になります。少しの摩擦でも出血しやすくなり、下着に血や黄色い浸出液が付着するようになります。 |
|---|---|
| 結節(けっせつ)・腫瘤(しゅりゅう) | 皮膚の一部が硬く盛り上がり、しこりやカリフラワー状の塊を形成します。この段階になると、がん細胞が増殖して立体的な塊を作っている証拠であり、病状が進行しているサインとなります。 |
| 悪臭や痛みの発生 | 潰瘍化が進むと、細菌の二次感染を引き起こしやすくなり、不快な悪臭を放ったり、ヒリヒリとした強い痛みを生じたりするようになります。 |
リンパ節転移のサイン:足の付け根(鼠径部)のしこり
外陰部や肛門周囲の皮膚にあるリンパ管の多くは、足の付け根にある「鼠径(そけい)リンパ節」へと通じています。そのため、乳房外パジェット病が進行し、がん細胞がリンパ管に入り込むと、まずはこの鼠径リンパ節に転移を生じます。
転移が起こると、足の付け根を触った際に、パチンコ玉からクルミほどの大きさの硬いしこりを触れるようになります。多くの場合、このリンパ節の腫れ自体には痛みがありません。かつての乳房外パジェット病の旧病期分類においては、両側の鼠径リンパ節に転移を生じた場合は最も進行した「Stage IV」と分類され、その場合は手術の適応はない(切除不能)とされていました 。しかし、現在では医療技術や手術手技の進歩により、患者様の全身状態や転移の個数などを慎重に見極めた上で、手術療法を含む集学的治療(複数の治療法を組み合わせること)の適応が個別に検討されるようになっています。
乳房外パジェット病の原因とメカニズム:なぜ発生するのか?
乳房外パジェット病がなぜ特定の人の皮膚に発生するのか、その完全な原因は現代の医学でもすべてが解明されているわけではありません。しかし、病気がどのようにして起こるのかというメカニズムや、病態の分類については明確な基準が設けられています。
パジェット細胞の異常増殖と加齢の影響
前述の通り、このがんはアポクリン汗腺やその導管(汗が皮膚の表面に向かって通る管)、あるいは表皮内の細胞が突然変異を起こすことで発生します。顕微鏡で組織を観察すると、本来の健康な皮膚細胞の中を縫うように、「パジェット細胞」と呼ばれる大型で細胞質(細胞の中身)が明るく見える特殊ながん細胞が増殖しているのが確認できます。
多くの皮膚がんは、長年の紫外線ダメージの蓄積(有棘細胞がんや基底細胞がんなど)が直接的な原因となりますが、乳房外パジェット病は普段日光に当たらない部位に発生するため、紫外線が原因ではありません。また、特定の化学物質への曝露やウイルス感染などが直接の引き金になるという確固たる証拠も見つかっていません。現時点では、加齢に伴う細胞の自然な遺伝子変異や、長期間にわたる慢性的でわずかな刺激の蓄積などが複雑に絡み合って発生すると考えられています。
原発性乳房外パジェット病と続発性の違い
乳房外パジェット病の診断および治療方針の決定において、極めて重要な意味を持つのが「原発性(げんぱつせい)」と「続発性(ぞくはつせい)」の鑑別です。これは、がんの「本来の出発点」がどこにあるのかという違いです。
| 原発性乳房外パジェット病 | 皮膚(アポクリン汗腺など)そのものから発生した、純粋な皮膚がんです。乳房外パジェット病の大多数はこちらのタイプに分類されます。 |
|---|---|
| 続発性乳房外パジェット病 | 皮膚そのものではなく、近接する奥の臓器(直腸、肛門、膀胱、尿道、子宮頸部、前立腺など)に別のがん(腺がんなど)が存在し、その内臓のがん細胞が組織の隙間や粘膜を伝って皮膚の表面にまで直接這い上がってきた、あるいは転移してきた結果として、「パジェット病のような皮膚の赤みやただれ」を引き起こしている状態です。 |
続発性を疑う場合の追加検査とその重要性
もし続発性であった場合、皮膚の表面に見えている病変だけを切り取っても、奥にある内臓のがん(原発巣)が残ったままでは根本的な解決にはなりません。したがって、日本皮膚科学会のがん診療ガイドラインにおいても、特定の部位に病変が見られる場合は、続発性の可能性を強く疑い、全身の精査を行うことが推奨されています。
ガイドラインでは、外尿道口周囲、膣壁から膣前庭部(膣の入り口周辺)、および肛門周囲にパジェット病変を認める症例に対しては、奥にある臓器からの広がりを見逃さないよう、泌尿器科、婦人科、消化器外科などと連携し、膀胱鏡、子宮鏡、直腸肛門鏡などを用いた詳細な精査を行うことが強く勧められています 。
また、原発性か続発性かを見分けるために、採取した組織に対して「免疫組織化学的検索(がん細胞が持つ特定のタンパク質を特殊な染色液で染め出して見分ける検査)」を行うことの是非も、ガイドラインの重要な臨床的疑問(CQ)として議論されており、正確な診断に基づく治療方針の決定が不可欠とされています 。
湿疹や他疾患との違いは?乳房外パジェット病の鑑別診断
陰部や肛門周辺にかゆみや赤みを引き起こす病気は多岐にわたります。乳房外パジェット病は比較的希少ながんであるため、皮膚科医はまず、頻度の高い他の一般的な皮膚疾患や婦人科系疾患との見極め(鑑別診断)を慎重に行うことからスタートします。
股部白癬(いんきんたむし)や接触皮膚炎(かぶれ)との見分け方
日常的によく見られる疾患との違いを以下にまとめました。専門医は視診だけでなく、検査を通じてこれらを除外していきます。
| 病変の広がり(ステージの目安) | 原因と主な症状の特徴 | 専門医が行う鑑別のポイント・検査方法 | |
| 股部白癬(いんきんたむし) | 白癬菌(水虫の菌)という真菌(カビ)の感染によるものです。強いかゆみを伴い、患部の辺縁(ふちの部分)が堤防のように盛り上がって広がるのが特徴です。 | 表面の皮膚や鱗屑をピンセットで少し採取し、顕微鏡で白癬菌がいないかを確認します(直接鏡検)。菌が確認できれば白癬と診断されます。 | |
| 接触皮膚炎(かぶれ)・湿疹 | 下着の摩擦、生理用品、石鹸やボディソープ、尿や便による刺激が原因です。かゆみや赤み、ブツブツが出ます。 | アレルギーの原因物質を特定する問診や、ステロイド軟膏を処方します。一般的な湿疹であれば、薬を使用すると1〜2週間で劇的に改善します。治らない場合はがんなどを疑います。 | |
| 陰部カンジダ症 | カンジダという常在菌(カビの一種)の異常増殖です。免疫力が低下した際などに起こりやすく、白い酒粕やカッテージチーズのようなおりものと、強いかゆみが特徴です。 | 白癬と同様に、顕微鏡検査でカンジダ菌の胞子や菌糸の有無を確認します。 | |
高齢女性に多い萎縮性腟炎(GSM)との鑑別ポイント
特に中高年の女性において、乳房外パジェット病の初期症状と混同されやすいのが「萎縮性腟炎(GSM:閉経関連泌尿生殖器症候群)」です。これは更年期以降の女性ホルモン(エストロゲン)の急激な低下に伴い、腟や外陰部の粘膜が薄く萎縮し、潤いが失われることで起こる病態です。更年期以降の方に多く見られますが、ホルモンバランスの乱れにより若い方でも発症する可能性があります 。
萎縮性腟炎(GSM)の主な症状は多岐にわたり、デリケートゾーンが常に乾いている感じがあり、トイレットペーパーで拭いたり下着やナプキンで擦れたりする日常的な動作でヒリヒリとした痛みを感じることがあります 。また、腟や外陰部に熱感やほてるような不快感、圧迫感を感じることもあります 。さらに、性行為中の摩擦で粘膜が傷つき痛みを感じる性交痛や、性交後も数時間から数日痛みが続くことがあり、それが原因で性的満足度の低下や性行為への関心の低下に繋がる深刻な悩みとなります 。
皮膚科医や婦人科医は、こうした症状を訴える患者様に対して、以下の観察項目を用いて炎症の重症度や状態を評価します 。
| 萎縮性腟炎(GSM)を評価する観察項目 | 診察時に確認するポイント | 検査・観察の目的 | |
| 炎症の有無と状態 | 赤く荒れた様子がないか。皮膚が白く厚くなっていないか。 | 炎症の重症度を評価し、長期間の症状継続による皮膚の変化を推測します 。 | |
| 掻き壊しの跡 | かゆみによって無意識に皮膚を掻き壊してしまった傷跡がないか。 | かゆみの強さや、それに伴う二次的な細菌感染のリスクを評価します。 | |
| 腟粘膜の状態 | 粘膜が薄くなっている様子や、微小な点状出血がないか。 | 女性ホルモンの低下による腟壁の萎縮度(薄さ・脆さ)を確認します 。 | |
| おりものの状態 | 性状(粘り気や量)や色の変化がないか。 | 細菌感染の有無や、カンジダ症などの合併を調べます 。 | |
女性ホルモンの補充療法や適切な保湿ケアを行っても、外陰部の赤く荒れた様子が改善せず、皮膚の一部が白く厚くなっているような状態が慢性的に続く場合は、単なる加齢による乾燥(萎縮性腟炎)ではなく、その裏に乳房外パジェット病が隠れている可能性を強く疑い、次のステップである「生検」へと進む必要があります。
確定診断へ導く皮膚生検とマッピング生検の役割
上記のような一般的な疾患ではないと疑われた場合、あるいはステロイド軟膏などの治療を行っても一定期間症状の改善が見られない場合、「皮膚生検(ひふせいけん)」という検査が行われます。
皮膚生検とは、病変の一部に局所麻酔をかけ、数ミリ程度の小さな皮膚の組織をメスや専用の器具で円柱状に切り取り、病理医が顕微鏡で細胞のレベルまで詳しく調べる検査です。この組織の中に、特徴的な「パジェット細胞」が見つかれば、乳房外パジェット病という確定診断が下されます。
さらに、乳房外パジェット病の手術を行う前には、より広範囲の状態を調べるために「マッピング生検(複数箇所の生検)」が行われることが一般的です。 乳房外パジェット病のがん細胞は非常に厄介な性質を持っており、肉眼で見える赤みや白抜けの範囲を越えて、周囲の「一見すると正常に見える皮膚」の中(表皮内)にまで広く根を張るように広がっていることが多々あります。そのため、病変の境界線から外側に向かって、正常に見える皮膚を数箇所から多い時には数十箇所採取し、どこまでがん細胞が潜んでいるかという「地図(マップ)」を作成します。この事前のマッピングによって、手術の際のがん細胞の取り残しを最小限に防ぐことができるのです 。
ガイドラインが示す乳房外パジェット病の最新治療法
乳房外パジェット病は年間発症数が少ない希少な疾患であるため、過去には施設ごとに治療法にばらつきが見られることもありました。しかし近年では、日本皮膚科学会が中心となり、全国の専門家が英知を結集して「乳房外パジェット病の診療ガイドライン」を定期的に策定しており、科学的根拠(エビデンス)に基づく標準的な治療が全国どこでも受けられる体制が整いつつあります。
これまでのガイドラインや海外の文献を参照した2021年の改訂 を経て、現在では、より体系的なガイドライン開発手法である「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020」に準拠した『乳房外パジェット病の診療ガイドライン2025』が日本皮膚科学会から発表されています 。このガイドラインでは、多分野の専門家が議論を重ね、乳房外パジェット病の管理における6つの重要な臨床的疑問(Clinical Questions:CQ)に焦点を当てた推奨事項を提示し、この稀少で難治性の悪性腫瘍に対するエビデンスに基づく医療の進展に大きく貢献しています 。
以下に、最新の知見に基づく病変の段階別の治療方針を解説します。
手術療法(外科的切除):標準治療としての第一選択と切除範囲
日本のガイドラインにおいて、遠隔転移がない場合(病変が局所に限局している、または所属リンパ節転移までに留まっている状態)の乳房外パジェット病に対する治療は、「外科的切除(手術)」が基本であり、第一選択の治療法となります 。患者様の全身状態が良く、手術に耐えられる体力があれば、病変をメスで物理的に完全に取り除くことが、最も確実な根治療法となります 。前述の生存率データが示す通り、手術切除群は非手術切除群に比べて有意に予後が良好であるため、可能な限り外科的切除を目指します 。
手術において最も外科医を悩ませ、かつ重要になるのが「切除マージン(病変の境界から、どれくらい余裕を持って正常な皮膚を含めて切り取るか)」の決定です。切除マージンが不十分だと、目に見えないがん細胞が残り、再発の直接的な原因となってしまいます。 皮膚悪性腫瘍診療ガイドラインでは、乳房外パジェット病を完全切除するために必要な切除範囲について、以下のように推奨しています 。
| 病変の境界線の見え方・状態 | 原因と主な症状の特徴 | 専門医が行う鑑別のポイント・検査方法 | |
| 肉眼的に境界明瞭な病巣、またはマッピング生検で陰性と判定された部位 | 病変の縁から1cm程度のマージンをとって切除する。 | 境界がはっきりしている、あるいは事前の生検でがん細胞がいないことが確認された部位であれば、1cmの余裕を持たせることで安全に切除可能と判断されます。 | |
| 肉眼的に境界不明瞭な部位 | 病変の縁から2~3cm程度の広いマージンをとって切除する。 | 境界がぼやけている部位は、見た目以上にがん細胞が遠くまで広がっているリスクが高いため、大幅なマージンが必要となります。 | |
この「3cm程度」という広いマージンが推奨される根拠としては、術中にすべての切除断端を急速に凍らせて顕微鏡で確認しながら少しずつ切り進める「Mohs(モーズ)手術」のデータや、事前のマッピング生検のデータにおいて、肉眼的な境界から3cm以上の広い範囲にまでがん細胞が浸潤していたという症例が少なからず報告されているためです 。
外陰部などの広い範囲の皮膚を切除した場合、無理に皮膚を引っ張って縫い合わせることはできません。そのため、太ももやお腹などの健康な皮膚を薄く削り取って移植する「植皮術(しょくひじゅつ)」や、病変周辺の皮膚と脂肪を一緒にずらして傷口を覆う「皮弁作成術(ひべんさくせいじゅつ)」といった再建手術が同時に行われ、機能や形態の回復を図ります。
センチネルリンパ節生検の保険適用によるQOLの向上
がんが進行して真皮層の深くにまで入り込むと、そこにあるリンパ管に入り込み、リンパ液の流れに乗って転移を引き起こすリスクが高まります。がんは無秩序に転移するわけではなく、原発部位から最初にたどり着く特定のリンパ節が存在します。この「がん細胞が最初に転移する見張り番のリンパ節」のことを「センチネルリンパ節」と呼びます。
今まで、乳房外パジェット病に対してこのセンチネルリンパ節を見つけ出して調べる「センチネルリンパ節生検」は健康保険の適用がなく、自費診療となるか、研究目的として施行する施設が限られていました 。しかし、日本皮膚科学会などの尽力により、2020年に正式に保険承認されました。これにより実施症例数が全国的に増加し、新しい知見やデータが得られる可能性が広がっています 。
具体的な手法としては、手術の直前に放射性同位元素や特殊な青い色素を病変の周囲に注射します。すると、その物質はリンパ管を通じてセンチネルリンパ節へと流れ込み、目印となります。手術中にその目印を頼りにセンチネルリンパ節だけを摘出し、その場で病理医ががん細胞の有無を急いで調べます。
- センチネルリンパ節に転移がない場合:最初の関所にがん細胞が到達していないということは、それより奥のリンパ節にも転移はないと安全に判断できます。そのため、足の付け根のリンパ節を広範囲にえぐり取る「リンパ節郭清(かくせい)」という大掛かりな処置を省略できます。これにより、術後に足がパンパンに腫れ上がる「リンパ浮腫」などの深刻な後遺症(QOLの低下)を大幅に防ぐことが可能になりました。
- センチネルリンパ節に転移がある場合:周辺のリンパ節にもすでにがん細胞が広がっている可能性が高いため、治療方針を切り替え、足の付け根のリンパ節をまとめて取り除く「リンパ節郭清術」が追加で実施されます。
進行期における放射線療法と抗がん剤治療(化学療法)の現状
がんが広範囲に及んでいる、すでに遠隔臓器への転移がある進行期の場合、あるいはご高齢や重篤な持病(心臓病など)のために長時間の全身麻酔や大規模な外科手術に耐えられない患者様に対しては、手術以外の治療法が検討されます。
放射線療法
手術ができない場合の局所治療として、あるいは手術後に再発のリスクが高いと判断された場合の補助的な治療として、病変部に対して放射線を照射する放射線療法が行われることがあります 。放射線療法単独での根治(完全にがんを消し去ること)は難しいケースもありますが、がんの進行や増殖を抑えたり、潰瘍からの出血や持続する痛みといった辛い症状を和らげたりする(緩和的照射)ための効果的な手段となります。
抗がん剤治療(化学療法)に関するガイドラインの推奨事項
がんが血液に乗って全身に回っている場合、局所治療である手術や放射線だけでは対応できないため、全身に作用する抗がん剤治療(化学療法)が検討されます。この点について、がん診療ガイドラインでは臨床的疑問(CQ)として明確な推奨度が示されています。
- リンパ節転移陽性の乳房外パジェット病患者に術後補助化学療法は勧められるか(CQ10):手術でリンパ節を取り除いた後、目に見えない微小ながん細胞を叩いて再発を防ぐ目的で抗がん剤を投与する治療法ですが、現時点では「勧められない(推奨度 C2)」とされています 。これは、抗がん剤による副作用(吐き気、脱毛、免疫力低下など)のリスクに見合うだけの、明確な延命効果や再発予防効果が科学的に十分に証明されていないためです。
遠隔転移を生じた進行期乳房外パジェット病患者に化学療法を実施することは勧められるか(CQ11):肺や肝臓、骨などに転移してしまった進行期の患者様に対する有効な化学療法(標準治療として確立された特効薬)は、残念ながらまだ確立していません 。しかしながら、何もしないわけではなく、患者様の全身状態、希望、副作用の許容度などを総合的に考慮した上で、専門医の判断のもと「実施を考慮してもよい(推奨度 C1)」とされています 。胃がんや乳がんなどで使用される複数の抗がん剤を組み合わせた治療が、個別の症例に対して試みられます。
日常でできる乳房外パジェット病の予防方法と早期発見のコツ
他の多くのがんと同様に、患者様から「どうすれば乳房外パジェット病を防ぐことができますか?」というご質問をよく受けます。結論から申し上げますと、この病気を確実に予防する方法は、現在のところ存在しません。
確実な予防法が存在しない理由とセルフチェックの重要性
日焼け止めを塗って紫外線を避けることが有効な「悪性黒色腫(メラノーマ)」や「有棘細胞がん」とは異なり、乳房外パジェット病は衣服に覆われて紫外線を浴びない陰部や腋窩に発生します。また、肺がんにおけるタバコのような、明確な発がん性物質も特定されていません。
確実な予防法がない以上、最善の対策は「早期発見・早期治療」に尽きます。病変が皮膚の浅い部分に留まっている段階で見つけることができれば、前述の通り5年生存率は95%と非常に高く、完治を目指すことができます。
そのための最も有効な手段が、日頃からの「セルフチェック(自己観察)」です。入浴時や着替えの際に、以下のポイントを意識してご自身のデリケートゾーンを観察する習慣をつけてください。
- 色の変化の確認:陰部、足の付け根、肛門の周りなどに、周囲の皮膚と比べて赤くなっている部分や、逆に白く色が抜けている部分はないでしょうか。
- 触った感触の確認:洗う際に、皮膚がカサカサしていたり、ジクジクとただれていたりしないか確認してください。また、しこりのような硬い部分や、盛り上がりに触れないかも注意深く確認します。
- 症状の左右差や広がり:片側だけに症状が強く出ていないか、あるいは数週間前に比べて赤みの範囲が広がっていないかを観察します。
羞恥心を乗り越え、デリケートゾーンの異変を放置しない心構え
「陰部を見せるのが恥ずかしい」「年齢的なものだろう」「清潔にしていないと思われたくない」といった羞恥心は、人間としてごく自然な感情です。特にご高齢の方ほど、他人にデリケートな悩みを相談することをためらいがちです。しかし、皮膚科の専門医は日々多くの陰部疾患を診察しており、患者様のプライバシーや羞恥心に最大限の配慮をして診察を行います。羞恥心のために受診を遅らせ、がんを進行させてしまうことほど悲しいことはありません。ご自身の命と健康を守るためにも、勇気を持って一歩を踏み出してください。
市販薬の使用期間の目安と専門医受診のタイミング
陰部にかゆみや湿疹が出た際、まずはドラッグストアなどで市販されているデリケートゾーン用のかゆみ止めや、水虫の薬などを試す方は多いでしょう。軽いかぶれであれば、それで治ってしまうこともあります。しかし、重要なのは「見切りのタイミング(自己治療をやめる期限)」をあらかじめ決めておくことです。
一般的なかぶれや軽い真菌感染であれば、適切な市販薬を塗れば1〜2週間程度で症状の改善が見られます。もし、以下のような状況に当てはまる場合は、自己治療の限界を超えているサインです。
- 2週間以上市販薬を塗っても、一向に良くならない。
- 薬を塗ると少し良くなるが、やめるとすぐにぶり返し、それを数ヶ月繰り返している。
- かゆみはないのに、赤みやただれ、白抜けの範囲が徐々に広がっている。
- 下着に黄色い汁(浸出液)や血がつくようになった。
これらの症状がある場合は、市販薬の使用を直ちに中止し、速やかに皮膚科の専門医(できれば日本皮膚科学会認定の皮膚科専門医がいるクリニックや病院)を受診してください。
乳房外パジェット病の当院の役割
放っておくとリンパ節転移をし、命にかかわることがあります。
多くは外陰部に生じ、また恥ずかしさから受診が遅れることからも進行してから発見されることが少なくありません。
「陰部の治りにくい赤い斑点」には注意が必要です。
当院にご相談ください。
街のかかりつけ医として、
皮膚がんを啓蒙し、早期発見に努めています。
乳房外Paget病の治療はクリニックでは出来るものは限られてしまいます。
基本的には、基幹病院にご紹介させていただきます。
よくある質問
デリケートな部分の症状ですが、何科を受診すればよいですか?
乳房外パジェット病は皮膚がんの一種であり、皮膚の専門家である皮膚科医が診断と治療の第一歩を担当します。 デリケートな部位の診察に抵抗を感じるのは、当然のことです。しかし、医師や看護師は医療の専門家であり、毎日多くの患者さんの同様の悩みに向き合っています。プライバシーに配慮し、敬意をもって対応してくれます。診断の遅れが治療を難しくする最大の要因ですので、どうか勇気を出して受診してください 。
この病気は命に関わりますか? 予後はどうですか?
治療後に再発することはありますか?
特に、目に見えないがん細胞が手術で取り切れずに残ってしまった場合に起こり得ます。 このリスクを最小限にするために、手術では病変の周りの正常に見える皮膚も広く切除します。そして、治療後も定期的な通院とご自身でのセルフチェックを継続することが、万が一の再発を早期に発見し、迅速に対応するために不可欠です。
乳房外パジェット病は乳がんと関係がありますか?
名前が似ているため混同されがちですが、乳房外パジェット病は汗腺から発生する「皮膚がん」であり、乳房パジェット病は乳腺から発生する「乳がん」の一種です。二つは発生する場所も性質も異なる、全く別の病気です。
恥ずかしくて病院に行けません。どうすればよいですか?
監修医師: うらた皮膚科 院長 浦田透
保有資格: 日本皮膚科学会認定 皮膚科専門医
経歴:
平成23年 中京病院 研修医
平成25年 中京病院 皮膚科
平成26年 名古屋大学医学部附属病院 皮膚科
平成27年 国立がん研究センター中央病院 皮膚腫瘍科
平成28年 名古屋大学医学部附属病院 医員
平成30年 名古屋大学医学部附属病院 病院助教
平成31年 名古屋大学医学部附属病院 助教
令和3年 うらた皮膚科