蕁麻疹とは

蕁麻疹
蕁麻疹(じんましん)は、ある日突然、皮膚の一部が蚊に刺されたかのように赤く盛り上がり(膨疹:ぼうしん)、強いかゆみを伴う皮膚の病気です
この症状の最も大きな特徴は、現れた発疹が数十分から長くても1日以内に、まるで何もなかったかのように跡形もなく消えてしまう点にあります
この「現れては消える」という性質は、患者さんにとって不安な要素であると同時に、蕁麻疹を診断する上で非常に重要な手がかりとなります。  
 
皮膚の下では、一体何が起きているのでしょうか。蕁麻疹の症状は、皮膚の中に存在する「マスト細胞(肥満細胞)」という細胞が、何らかの刺激によって「ヒスタミン」という化学物質を放出することから始まります 。放出されたヒスタミンは、皮膚の毛細血管に作用して血管を拡張させ、血液中の液体成分(血漿)を血管の外に漏れ出させます。この漏れ出た液体が皮膚を盛り上げ、赤みと「膨疹」を作り出すのです。同時に、ヒスタミンは知覚神経を刺激するため、強いかゆみが生じます  
 
蕁麻疹は、しばしば「湿疹」と混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。蕁麻疹の膨疹は一時的で跡を残さずに消えるのに対し、湿疹は皮膚の赤みやカサカサ、小さなブツブツなどが数日以上持続し、治った後に色素沈着として跡が残ることがあります  
 
また、蕁麻疹はその持続期間によって大きく二つに分類されます。これは治療方針を考える上で重要です。
急性蕁麻疹

症状が出始めてから6週間以内のものを指します。特に子供に多く見られ、風邪などの感染症や特定の食べ物がきっかけで起こることがあります 。多くの場合、1週間以内に症状は治まります  

慢性蕁麻疹

症状が6週間以上にわたって、毎日のように出たり消えたりを繰り返す状態です。成人に多く、残念ながらその多くは原因を特定することが困難です 。症状が数ヶ月から数年に及ぶこともあります  

蕁麻疹の症状

蕁麻疹の症状は、単なるかゆみだけにとどまらず、見た目や感覚、そして時には全身に影響を及ぼすことがあります。症状の重さには個人差があり、軽いものから緊急の対応が必要なものまで様々です。

主な皮膚の症状

膨疹(ぼうしん)

境界がはっきりした、赤みを帯びた皮膚の盛り上がりです 。大きさは数ミリ程度の小さなものから、手のひらサイズ、さらには複数の膨疹が融合して地図のように広がることもあります  

感覚

非常に強いかゆみが特徴ですが、それ以外にもチクチクとした痛みや、焼けるような熱感を伴うこともあります  

出現時間

特に夕方から夜間にかけて症状が現れたり、悪化したりする傾向があります。これは体のリズムや、就寝前に体が温まることなどが関係していると考えられています  

特殊な症状:血管性浮腫

蕁麻疹の中には、「血管性浮腫(けっかんせいふしゅ)」または「クインケ浮腫」と呼ばれる特殊なタイプがあります。これは、通常の蕁麻疹よりも皮膚の深い層で血管からの液体の漏れが起こる状態です  

特徴的な違い

場所:まぶた、唇、舌、手足といった、皮膚の柔らかい部分が突然パンパンに腫れ上がります。  

感覚:通常のかゆみはほとんどなく、むしろ皮膚が引きつるような痛みや熱感を伴います 。

持続時間:通常の膨疹が24時間以内に消えるのに対し、血管性浮腫の腫れは2日から5日ほど続きます 。

注意すべきサイン

最も危険なのは、喉の粘膜に浮腫が起きた場合です。喉の詰まり感や息苦しさ、声のかすれなどが現れた場合は、気道が塞がって窒息する危険があるため、直ちに救急医療機関を受診する必要があります  

全身の危険なサイン:アナフィラキシー

蕁麻疹は、時に「アナフィラキシー」と呼ばれる、生命を脅かす可能性のある重篤な全身性アレルギー反応の一症状として現れることがあります 。皮膚症状に加えて、以下のいずれかの症状が見られる場合は、アナフィラキシーの可能性があり、一刻も早く救急車を呼ぶか、救急外来を受診してください。  

呼吸器症状

息苦しさ、咳、ゼーゼー・ヒューヒューという呼吸音(喘鳴)

循環器症状

めまい、意識が遠のく感じ、血圧の低下

消化器症状

吐き気、嘔吐、激しい腹痛

このように、蕁麻疹は単なる皮膚のかゆみから、緊急対応が必要な重篤な状態まで、症状の幅が広いことを理解しておくことが非常に重要です。皮膚の症状だけでなく、体全体の調子にも注意を払うことが、ご自身の安全を守る上で不可欠です。

蕁麻疹の原因

「なぜ、こんな症状が出るのだろう?」というのは、蕁麻疹を経験する誰もが抱く疑問です。しかし、最も理解していただきたい現実は、蕁麻疹の約7割から8割は、原因を特定できない「特発性(とくはつせい)」であるということです 。特に6週間以上続く慢性蕁麻疹では、原因不明のケースがほとんどです  
 

主な蕁麻疹の種類と原因

蕁麻疹は、その原因や誘因によっていくつかのタイプに分類されます。ご自身の症状がどのタイプに当てはまるか考える際の参考にしてください。

特発性の蕁麻疹

蕁麻疹は、4-5人に1人が一生のうち一度は経験すると言われています。
そのうち7割以上の患者さんは、特別な原因・誘因がなく、自発的に症状があらわれる「特発性じんましん」です。
感染症、食べ物、疲労、ストレスなどとの関連も考えられていますが、はっきりと原因が解明できていません。

物理性蕁麻疹

温度の刺激、日光照射、圧迫、振動などの皮膚への物理的刺激によって生じます。

コリン性蕁麻疹

入浴、運動、精神的緊張などの、発汗を促す刺激が加わった時に生じます。
小児~30歳代前半に比較的多くみられます。
皮膚病変は通常の蕁麻疹と違って、豆粒以下の小さな赤みがパラパラと散在します。

アレルギー性蕁麻疹

食べ物、薬品、植物などに対するアレルギー反応で生じます。
「蕁麻疹=何かのアレルギー」と思っている患者様が多いですが、原因の一部でしかありません。
(原因のひとつとして大切ですが、頻度は多くありません)

非アレルギー性蕁麻疹

アレルギーのように原因物質への暴露により生じるが、医学的にはアレルギー機序を介さないもののが知られています。
造影剤の静脈注射や、豚肉、サバ、タケノコなどの摂取により生じるものがあります。

蕁麻疹の治療

蕁麻疹の治療の目的は、まず薬によってかゆみや膨疹といったつらい症状を完全に抑え、快適な日常生活を取り戻すことです。そして最終的には、薬を使わなくても症状が出ない状態を目指します  

治療の基本は「抗ヒスタミン薬」の内服

蕁麻疹治療の主役は、「抗ヒスタミン薬」という飲み薬です 。この薬は、症状の原因物質であるヒスタミンの働きをブロックすることで、かゆみや膨疹の発生を根本から抑えます  
抗ヒスタミン薬には、開発された時期によって「第一世代」と「第二世代」があります。

第一世代抗ヒスタミン薬

効果はありますが、眠気や口の渇きといった副作用が出やすい特徴があります。

第二世代抗ヒスタミン薬

第一世代の副作用を改善した薬で、眠気が非常に少なくなっています。そのため、現在の蕁麻疹治療では、日中の活動に影響を与えにくい第二世代抗ヒスタミン薬が第一選択薬として用いられます  

塗り薬についての注意点

多くの方が、皮膚の症状に対して塗り薬を考えがちですが、蕁麻疹の治療において塗り薬(ステロイド外用薬など)は基本的に効果が期待できません 。なぜなら、蕁麻疹の反応は皮膚の表面ではなく、深い部分(真皮)で起きているため、薬を塗っても有効成分が届きにくいからです。治療の基本はあくまで飲み薬であり、自己判断で市販のステロイド薬などを使用することは避けるべきです 。かゆみ止め成分の入った塗り薬は一時的な症状緩和には役立つかもしれませんが、根本的な治療にはなりません  

難治性の場合のステップアップ治療

標準的な量の抗ヒスタミン薬を服用しても症状が十分にコントロールできない難治性の慢性蕁麻疹の場合でも、諦める必要はありません。治療には確立された「ステップアップ方式」があり、医師はガイドラインに沿って治療を強化していきます。

抗ヒスタミン薬の増量・変更

まず、服用している第二世代抗ヒスタミン薬の量を増やしたり、別の種類の抗ヒスタミン薬に変更、あるいは複数を組み合わせたりします  

当院で可能です。

補助的な薬の追加

抗ヒスタミン薬に加えて、ロイコトリエン拮抗薬などの別の作用を持つ薬を追加することがあります。また、症状が非常に強い場合には、短期間だけ経口ステロイド薬を併用することもあります

当院で可能です。  

生物学的製剤(オマリズマブ)

これらの治療でも効果が不十分な、重症の慢性蕁麻疹に対しては、「オマリズマブ(商品名:ゾレア)」という注射薬が非常に有効な選択肢となります 。この薬は、アレルギー反応に関わるIgE抗体の働きを抑えることで、従来の薬とは異なるアプローチで症状を強力に抑制します。通常は4週間ごとに皮下注射を行い、クリニックでの投与のほか、在宅での自己注射も可能です  

基幹病院へご紹介致します。

このように、蕁麻疹の治療には複数の選択肢が用意されています。最初の薬で効果がなくても、次のステップがあることを知っておくことは、治療を続ける上での安心材料となるでしょう。医師と相談しながら、ご自身に合った治療法を見つけていくことが大切です。

日常生活で気をつけるポイント

蕁麻疹の治療は薬物療法が中心ですが、日常生活での少しの工夫が、症状の悪化を防ぎ、快適に過ごすために非常に重要です。

かゆみが出た時の応急処置

掻かない

かゆい部分を掻きむしると、その刺激でさらにヒスタミンが放出され、かゆみの範囲が広がったり、皮膚を傷つけて湿疹化したりする悪循環に陥ります  

冷やす

どうしてもかゆみが我慢できない時は、濡れタオルやタオルで包んだ保冷剤などを患部に当てて冷やすと、血管が収縮し、一時的にかゆみが和らぎます  

注意点

ただし、「寒冷蕁麻疹」のように冷たい刺激が原因の場合は、冷やすことで症状が悪化するため、この方法は避けてください  

温めない

熱いお風呂やシャワーは血行を良くし、かゆみを増強させることがあります。入浴はぬるめのシャワーで済ませるのが良いでしょう  

悪化因子を避ける生活習慣

刺激の少ない衣類を選ぶ

体を締め付ける下着や硬い素材の衣服は、皮膚への摩擦や圧迫となり、物理性蕁麻疹の原因となります。ゆったりとした、柔らかい綿素材などの衣類を選びましょう  

バランスの取れた生活

ストレスや疲労は蕁麻疹の明確な悪化因子です。十分な睡眠時間を確保し、規則正しい生活を心がけることが、体の免疫バランスを整え、蕁麻疹が出にくい状態を保つことに繋がります  

ストレス管理

自分なりのリラックス方法(趣味、軽い運動、ヨガ、瞑想など)を見つけ、ストレスを溜め込まないようにしましょう 。蕁麻疹の症状とストレスは悪循環に陥りやすいため、意識的に心身を休ませることが治療の一環となります。  

食事の注意

特定の食物アレルギーが原因でない場合でも、アルコールや香辛料の多い刺激の強い食事は、体温を上昇させ血行を促進するため、一時的にかゆみを悪化させることがあります。症状が出ている間は、これらの摂取を控えるのが賢明です  

症状の記録をつける

蕁麻疹は、病院を受診する頃には症状が消えていることが少なくありません。そのため、医師に正確な状態を伝えるために、症状を記録しておくことが非常に有効です。

症状日記

いつ、体のどこに、どのような発疹が出たか、その時何をしていたか、何を食べたか、ストレスの状況などをメモしておくと、原因や悪化因子を探る手がかりになります。

写真撮影

発疹が出ている時にスマートフォンなどで写真を撮っておくことは、最も確実な記録方法です。医師が実際の皮疹を見ることで、より正確な診断が可能になります  

このようなセルフケアは、患者さん自身が治療に積極的に参加する上で強力なツールとなります。医師に正確な情報を提供することで、より効果的な治療戦略を共に立てることができるのです。

よくある質問

Q
蕁麻疹は人にうつりますか?

A
いいえ、うつりません。
蕁麻疹は感染症ではなく、ご自身の体の中でのアレルギー反応やその他の反応によって起こるものです。したがって、他の人にうつることはありませんのでご安心ください 。ただし、稀にウイルス感染症などが原因で蕁麻疹が出ることがあり、その場合は原因となっている感染症自体が人にうつる可能性はあります  
 

Q
蕁麻疹は遺伝しますか?

A
ほとんどの場合、遺伝しません。
一般的な蕁麻疹は遺伝性疾患ではありません 。ただし、アレルギー反応を起こしやすい体質(アトピー素因)は家族内で見られる傾向があります。また、血管性浮腫や寒冷蕁麻疹のごく一部には、遺伝が関与する非常に稀なタイプも存在します
 
 

Q
跡は残りますか?

A
いいえ、残りません。
蕁麻疹の大きな特徴の一つは、個々の膨疹が跡形もなくきれいに消えることです 。もし発疹が消えた後にあざのような色素沈着が残る場合は、蕁麻疹ではなく別の皮膚疾患(蕁麻疹様血管炎など)の可能性があるため、医師に相談することが重要です。  
 

Q
何科を受診すればよいですか?

A
皮膚の症状が中心の場合は、皮膚科を受診するのが最も適切です
子供の場合は、まず小児科に相談することも良いでしょう。
最も重要なのは、息苦しさ、喉の腫れ、めまいなどの全身症状を伴う場合です。これはアナフィラキシーのサインであり、直ちに救急外来を受診するか、救急車を呼んでください  
 

Q
なぜ検査をしても原因がわからないのですか?

A
これは蕁麻疹、特に慢性蕁麻疹で最もよくある状況です。慢性蕁麻疹の7割以上は、アレルギー検査などを行っても特定の外的な原因が見つからない「特発性」です 。これは、アレルギーのようなはっきりとした原因ではなく、ストレス、疲労、体調など、ご自身の体の内部の様々な要因が複雑に絡み合って免疫系が過敏になり、症状を引き起こしている状態と考えられています。  
原因がわからないと不安に思うかもしれませんが、最も大切なメッセージは、原因が不明でも、症状は治療によって十分にコントロールできるということです 。現在の治療法は、原因が何であれ、症状を引き起こす最終的な物質(ヒスタミンなど)の働きを抑えることに焦点を当てています。原因探しに固執するよりも、適切な治療で症状のない快適な毎日を送ることを目指すことが、蕁麻疹と上手に付き合っていくための鍵となります。