コレクチム軟膏とは
コレクチム軟膏は、アトピー性皮膚炎の治療における新しい選択肢です。従来の外用薬とは異なる独自のアプローチで、つらい症状の緩和を目指します。
新しいアプローチの治療薬:「JAK阻害薬」
コレクチム軟膏は、アトピー性皮膚炎治療薬として世界で初めて開発された、塗り薬タイプの「JAK(ジャック)阻害薬」です 。有効成分はデルゴシチニブです 。
このお薬の働きを理解するために、アトピー性皮膚炎の炎症やかゆみを、皮膚の免疫細胞の中で過剰に鳴り響く「警報」だと想像してみてください。コレクチム軟膏は、この細胞の中に入り込み、「JAK(ヤヌスキナーゼ)」と呼ばれる警報を中継する「交換台」のスイッチを切る働きをします。この交換台をブロックすることで、過剰な免疫反応を内側から鎮め、症状を根本から和らげることができるのです 。
この治療法の登場は、アトピー性皮膚炎の塗り薬治療における考え方の大きな転換を意味します。これまでの主な治療薬であったステロイドは、炎症を広範囲に強力に抑える一方で、その作用の非特異性から長期使用に伴う副作用が懸念されていました。コレクチム軟膏は、炎症を引き起こす特定の経路をピンポイントで狙い撃ちにするため、効果と安全性のバランスを高いレベルで両立させることが可能になりました。この「標的を絞った治療」という考え方は、患者さんがより安心して長期的な症状管理に取り組む道を開くものです。
開発の歴史
コレクチム軟膏(有効成分:デルゴシチニブ)は、皮膚の過剰な免疫反応を抑えることで、皮膚の炎症をしずめて、アトピー性皮膚炎の皮膚症状を改善します。
アトピー性皮膚炎の塗り薬治療は、ステロイド外用薬が中心でした。
1999年、プロトピック軟膏がアトピー性皮膚炎治療の「第2の塗り薬」として登場しました。
2020年、約20年ぶりにアトピー性皮膚炎治療の新薬として、「第3の塗り薬」コレクチム軟膏が新登場しました。
2020年3月、コレクチム軟膏が2歳以上の小児にも適応となりました。
ステロイド外用薬に比べて、即効性・効果が少し劣りますが、長期使用の安全性が高いお薬です。
コレクチム軟膏はどんなお薬か
コレクチム軟膏は外用ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤と呼ばれる塗り薬です。
アトピー性皮膚炎の病態には、サイトカインと呼ばれる物質が関与しています。
サイトカイン(IL-4、IL-13、IL-31など)が、免疫細胞や神経にくっつくと、JAK経路が活性化して、炎症やかゆみを引き起こします。
コレクチム軟膏は、JAK経路をブロックすることで、皮膚の炎症やかゆみを抑え、アトピー性皮膚炎を改善します。
ステロイド外用剤やプロトピック軟膏とは異なる作用機序でアトピー性皮膚炎の症状を和らげる新しいお薬です。

コレクチム軟膏の作用機序
ニーズに合わせた2つの濃度
コレクチム軟膏には2つの濃度があり、患者さんの年齢や症状に応じて使い分けられます 。
- コレクチム軟膏0.5%: 主に成人(16歳以上)のアトピー性皮膚炎に用いられます。
- コレクチム軟膏0.25%: 主に小児(生後6ヶ月以上)に用いられますが、症状が比較的軽い成人や、皮膚の薄い部位に使用されることもあります。
コレクチム軟膏とステロイド外用薬の比較
コレクチム軟膏はステロイドではありません
患者さんにとって最も重要な点の一つは、コレクチム軟膏がステロイドを含まない非ステロイド性のお薬であるということです 。そのため、ステロイド外用薬の長期使用で懸念されることがある皮膚の菲薄化(皮膚が薄くなること)や血管拡張といった副作用の心配がありません 。
コレクチム軟膏とステロイド外用薬との違い
コレクチム軟膏はステロイド外用薬とは別の薬です。体の過剰な免疫反応をおさえてアトピー性皮膚炎のかゆみや炎症をおさえます。
コレクチム軟膏の炎症をおさえる効果はミディアム(マイルド)クラス~ストロングクラスのステロイド外用薬と同じくらいです。

治療における位置づけ
コレクチム軟膏が、他の主な塗り薬とどのように違うのかを理解することは、治療を選択する上で非常に重要です。以下の表は、それぞれの薬の特徴を比較したものです。
コレクチム軟膏 | ステロイド外用薬 | プロトピック軟膏 | ||
薬の種類 | JAK阻害薬 | ステロイド | カルシニューリン阻害薬 | |
働き方 | 細胞内の「炎症スイッチ」をピンポイントでOFFにする | 炎症を全体的に強力に抑える | 別の種類の免疫信号をブロックする | |
主な長所 | 副作用が少なく長期使用しやすい、かゆみに早く効く傾向がある | 炎症を抑える効果が最も強い | ステロイドの副作用がない | |
主な注意点 | ニキビのようなものができることがある | 長期使用で皮膚が薄くなるなどの副作用リスク | 塗り始めにヒリヒリとした刺激感が出やすい | |
顔への使用 | 使いやすい | 弱いランクのものに限られる | 刺激感に注意すれば可能 |
コレクチム軟膏の治療効果
コレクチム軟膏は、アトピー性皮膚炎特有の悪循環を断ち切ることで、皮膚の状態を改善に導きます。
かゆみと炎症の悪循環を断ち切る
アトピー性皮膚炎の病態は、「免疫の異常」「皮膚バリア機能の低下」「かゆみ」という3つの要素が相互に影響し合うことで形成されると考えられています 。かゆみを感じて掻き壊すと、皮膚のバリア機能がさらに低下し、そこからアレルゲンや刺激が侵入して免疫の異常を増悪させ、さらに強いかゆみと炎症を引き起こすという悪循環に陥ります 。
コレクチム軟膏は、この悪循環の起点となる免疫の異常に直接作用します。炎症やかゆみを引き起こす情報伝達物質(サイトカインと呼ばれるIL-4、IL-13、IL-31など)からの信号を細胞内でブロックすることで、悪循環の連鎖を断ち切るのです 。
特に、かゆみに対する迅速な効果は、単なる対症療法以上の意味を持ちます。アトピー性皮膚炎の最もつらい症状であるかゆみを早期に抑えることは、掻き壊し行動そのものを減らすことにつながります。これは、悪循環から抜け出すための最初の、そして最も重要な一歩です。掻くことをやめることで、皮膚は物理的なダメージから解放され、本来のバリア機能を回復させるための治癒プロセスを開始できるのです 。
期待できる主な効果
コレクチム軟膏の使用により、以下のような効果が期待できます。
迅速なかゆみの軽減 | 臨床研究では、使用開始から比較的早い段階で、日中および夜間のかゆみが有意に軽減されることが示されています 。多くの場合、患者さんが最初に実感する改善点です 。 |
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炎症の鎮静 | 赤み、腫れ、じゅくじゅくとした滲出液など、目に見える皮膚炎の症状を効果的に改善します 。 |
皮膚バリア機能の回復 | 炎症が鎮まることで、皮膚は自己修復能力を取り戻し、バリア機能が徐々に正常化していきます。さらに、研究レベルでは、コレクチム軟膏が皮膚のバリア機能に重要なタンパク質(フィラグリンなど)の産生を助ける可能性も示唆されています 。 |
改善までの期間
効果の現れ方には個人差がありますが、一般的に、かゆみは数日から1週間程度で改善が見られ始めることが多いです 。皮膚の赤みや湿疹といった炎症が完全に治まるには、もう少し時間がかかる場合があります。医師の指示通りに継続して使用することが、確実な効果を得るための鍵となります。
コレクチム軟膏の臨床研究
コレクチム軟膏の有効性と安全性は、承認されるまでに実施された厳格な臨床研究によって科学的に証明されています。
承認の根拠となった科学的データ
医薬品は、多くの患者さんの協力のもとで行われる臨床試験を経て、その効果と安全性が確認されて初めて承認されます。成人を対象とした臨床試験では、コレクチム軟膏0.5%を塗布したグループは、有効成分を含まないプラセボ(偽薬)を塗布したグループに比べて、皮膚の炎症が統計的に有意に改善することが示されました 。試験に参加した多くの患者さんで、皮膚炎の重症度スコアが50%あるいは75%以上改善するという良好な結果が得られています 。同様の結果は、小児や乳幼児を対象とした試験でも確認されており、幅広い年齢層での有効性が確立されています 。
長期使用を前提とした設計
アトピー性皮膚炎は慢性的な疾患であるため、治療薬には長期的な安全性と効果の持続性が求められます。コレクチム軟膏は、最長で1年間(52~56週間)にわたる長期投与試験が実施されており、長期間にわたって効果が維持されること、そして安全に使用し続けられることが確認されています 。
この長期安全性のデータは、「プロアクティブ療法」と呼ばれる新しい治療戦略の基盤となります。プロアクティブ療法とは、一度症状が改善した後も、以前に湿疹があった場所に週に数回お薬を塗ることで、再燃(フレア)を防ぎ、良い状態を維持することを目指す治療法です 。
作用は皮膚に、全身への影響は最小限に
塗り薬の安全性を評価する上で重要な指標の一つが、有効成分が血中に吸収される量(全身吸収)です。コレクチム軟膏の開発過程では、この安全性が特に重視されました。
実は、開発段階ではより高濃度の1%や3%の製剤も検討されましたが、これらの濃度では血中から有効成分が検出される頻度が高まることがわかりました 。そこで、有効性と安全性のバランスを慎重に検討した結果、全身への吸収を最小限に抑えつつ十分な効果を発揮できる0.5%という濃度が最終的に選択されたのです。この「安全性第一」の開発思想は、特に小さなお子さんへの使用を考える保護者の方にとって、大きな安心材料となるでしょう。
実際の長期投与試験においても、正しい用法・用量を守った場合、ほとんどの患者さんで血中から有効成分は検出されませんでした。ごく一部で検出された場合も、その濃度は非常に低いレベルでした 。これは、お薬の作用が必要な皮膚に限定され、全身に影響を及ぼすリスクが極めて低いことを示しています 。
コレクチム軟膏の副作用
どのようなお薬にも副作用の可能性があります。コレクチム軟膏の副作用を正しく理解し、適切に対処することが大切です。
考えられる副作用について
まず、コレクチム軟膏の使用において、重篤な副作用の報告はまれであることをご理解ください 。報告されている副作用の多くは、お薬が塗られた局所での免疫を抑制するという作用機序に関連したもので、軽度なものが中心です 。
副作用の背景には、お薬の作用そのものが関係しています。コレクチム軟膏は、アトピー性皮膚炎の原因となる過剰な免疫反応を抑えますが、この免疫システムは同時に、皮膚に常在する細菌やウイルスをコントロールする役割も担っています。そのため、お薬によって免疫反応が穏やかになると、これらの微生物のバランスが少し変化し、副作用として現れることがあるのです。これはお薬が効いていることの裏返しとも言え、その性質を理解することで、いたずらに恐れることなく、冷静に観察し、対処することができます。
比較的報告の多い副作用
毛包炎・ざ瘡(ニキビのようなもの) | 軟膏を塗った場所に、ニキビのような赤や白の小さなブツブツができることがあります。臨床試験では、約3~4%の患者さんに見られました 。 |
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刺激感 | 塗った時に多少のヒリヒリ感やかゆみを感じることがありますが、プロトピック軟膏でしばしば見られるような強い刺激感は、コレクチム軟膏では少ないと報告されています 。 |
まれだが注意すべき副作用
皮膚感染症 | 局所の免疫を抑えるため、皮膚の感染症に対する抵抗力がわずかに低下する可能性があります。 ヘルペスウイルス感染症: 口唇ヘルペスや、広範囲に水ぶくれが広がるカポジ水痘様発疹症などが含まれます 。小さな水ぶくれの集まりに気づいた場合は、医師に相談してください。 とびひ(伝染性膿痂疹): 細菌による感染症です 。 すでに感染を起こしている部位には軟膏を塗らず、感染症の兆候が見られた場合は速やかに医師の診察を受けてください 。 |
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かぶれ(接触皮膚炎)の可能性
ごくまれに、軟膏の成分自体に対するアレルギー反応(かぶれ)が起こることがあります。お薬を塗っている部分の湿疹が、かえって悪化するように感じられる場合は、使用を中止して医師に相談してください 。
コレクチム軟膏の使い方
コレクチム軟膏の効果を最大限に引き出し、安全に使用するためには、正しい使い方を守ることが非常に重要です。
基本的な使い方:回数と量
- 回数: 通常、1日2回(朝と晩など)患部に塗布します 。塗り忘れた場合は、気づいた時に塗ってください。ただし、2回分を一度に塗ることは避けてください 。
- 量: 十分な効果を得るためには、適切な量を塗ることが不可欠です。皮膚にすり込んで見えなくなるほど薄く塗るのではなく、塗った後の皮膚がテカテカと光る、あるいはティッシュペーパーが軽く付着するくらいの量が目安です 。
「フィンガーチップユニット(FTU)」で適量を知る



正しい塗り方
- 塗る前に手を洗い、清潔にします。
- 必要な量を指先にとります。
- 軟膏を患部に数カ所、点々と置きます。
- ゴシゴシと強くすり込むのではなく、手のひら全体を使って、優しく広げるように均一に伸ばします 。
必ず守るべき安全のための上限
コレクチム軟膏の安全性は、その作用を皮膚に限定することによって確保されています。以下の使用制限は、お薬が全身に作用するのを防ぐための「防火壁」のようなものであり、必ず守らなければならない極めて重要なルールです。
- 1回あたりの最大塗布量: 5gまで(チューブ1本分に相当。約10FTU)。
- 1回あたりの最大塗布範囲: 全身の体表面積の30%まで 。医師がどのくらいの範囲まで塗ってよいか、具体的に説明します。
これらのルールは、単なる「推奨」ではなく、安全性を担保するための絶対的な約束事です。これを守ることで、患者さん自身が治療の安全性に積極的に関与することになります。
塗ってはいけない場所
- 目、鼻、口の中などの粘膜 。万が一、目に入った場合は、すぐに水で洗い流してください 。
- 切り傷、深い傷(潰瘍)、じゅくじゅくして皮膚がめくれている場所(びらん)。
- とびひやヘルペスなど、明らかな感染症を起こしている部位 。
コレクチム軟膏を使用できない方
安全に治療を行うため、コレクチム軟膏の使用が適切でない、あるいは特に注意が必要な方がいます。
絶対に使用してはいけない方
- 過去にコレクチム軟膏の有効成分(デルゴシチニブ)や、基剤(白色ワセリンなど)に対して、重いアレルギー症状(過敏症)を起こしたことがある方 。
使用に注意が必要な方(必ず医師に相談してください)
- 皮膚に感染症がある方: 細菌、ウイルス、真菌(カビ)による感染症がある場合、原則としてその部位への使用は避けます。感染症の治療を優先するか、感染部位を避けながら使用する必要があります。医師が抗菌薬などを併用しながらの使用を指示することもあります 。
- 妊娠中・妊娠の可能性がある方: 妊娠中の女性を対象とした大規模な臨床試験は実施されていません。動物実験では、非常に高用量を口から投与した場合に胎児への影響が報告されています。このため、医師が治療上の有益性が危険性を上回ると判断した場合にのみ、慎重に使用されます 。これは、塗り薬としての使用で全身に吸収される量はごく微量であるものの、万全を期すための予防的な措置です。
- 授乳中の方: 動物実験で、有効成分が乳汁中に移行することが報告されています。お薬を使用するメリットと、母乳栄養のメリットを考慮して、医師と相談の上、授乳を続けるか、お薬の使用を優先するかを決定します 。
年齢などに関する注意
- 生後6ヶ月未満の乳児: 生後6ヶ月未満の赤ちゃん、低出生体重児、新生児を対象とした臨床試験は実施されていないため、この年齢層での有効性・安全性は確立していません 。
- アトピー性皮膚炎以外の皮膚疾患の方: コレクチム軟膏は、アトピー性皮膚炎の治療薬として承認されています。酒さ(しゅさ)や、その他の皮膚炎に対して自己判断で使用することは、症状を悪化させる可能性もあるため、絶対に行わないでください 。
コレクチム軟膏の費用
コレクチム軟膏0.5%は、1本217円(3割負担のとき)かかります。
コレクチム軟膏0.5%の費用
3割負担のとき | 1本217円 |
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1割負担の時 | 1本72円 |
コレクチム軟膏0.25%の費用
3割負担のとき | 1本209円 |
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1割負担の時 | 1本70円 |
よくある質問
コレクチム軟膏はステロイドですか?


コレクチム軟膏は「JAK阻害薬」という全く新しい分類のお薬です。ステロイドとは作用の仕方が異なり、ステロイドの長期使用で懸念されるような皮膚が薄くなる副作用はありません 。
プロトピック軟膏®との違いは何ですか?


コレクチム軟膏はJAK阻害薬、プロトピック軟膏はカルシニューリン阻害薬です。患者さんにとっての大きな違いは、コレクチム軟膏はプロトピック軟膏でよく見られる塗り始めのヒリヒリとした刺激感が少ない傾向にある点です 。
どのくらいで効果が出ますか?


顔に塗っても大丈夫ですか?


コレクチム軟膏は非ステロイド性であるため、顔や首などの皮膚の薄いデリケートな部分にも使用しやすいお薬です。ただし、目や鼻、口の周りの粘膜には入らないように注意してください 。
赤ちゃんにも使えますか?


0.25%のコレクチム軟膏は、生後6ヶ月以上の乳児から使用が認められています。幼いお子さんを対象とした臨床試験も行われており、医師の指導のもとで正しく使用すれば、安全な選択肢と考えられています 。
長期間使っても安全ですか?


最長1年間の臨床試験で、長期使用における安全性が確認されています。症状が落ち着いた後も、再燃を防ぐ目的で継続的に使用されることが多いお薬です 。
症状が良くなったら、すぐに塗るのをやめてもいいですか?

