デュピクセントとは
デュピクセントは、「生物学的製剤」あるいは「分子標的薬」と呼ばれる新しい世代の治療薬です 。従来のステロイド外用薬や免疫抑制剤とは異なり、体の中の特定の物質だけを狙い撃ちするように設計された、非常に精密な治療法です。
病気の根本原因:「2型炎症」
アトピー性皮膚炎や気管支喘息といった病気の多くには、「2型炎症」と呼ばれる共通のメカニズムが関わっています 。これは、体の免疫システムが過剰に反応している状態です。例えるなら、高性能な警備システムが、トーストを焼いた煙にまで反応して、常に警報を鳴らし続けているようなものです。この不必要で慢性的な警報状態が、皮膚のかゆみや炎症、気道の収縮などを引き起こします。
デュピクセントの作用の仕組み:情報伝達を断ち切る
この過剰な警報システムは、「インターロイキン4 (IL-4)」と「インターロイキン13 (IL-13)」という2種類の情報伝達物質(サイトカイン)によって維持されています 。これらの物質が細胞に「炎症を起こせ」「かゆみを生じさせろ」といった指令を絶えず送り続けているのです。
デュピクセントは、このIL-4とIL-13という2つの特定の情報伝達物質の働きをピンポイントでブロックします 。指令を受け取る側の細胞の「鍵穴」に先回りして結合することで、指令が伝わるのを防ぎます。これにより、過剰な警報を鎮め、病気の根本にある炎症反応そのものを抑えることができるのです。
この作用の特異性は、デュピクセントの大きな特徴です。免疫システム全体を漠然と抑制するのではなく、原因となっている特定の経路だけを標的とするため、全身への影響を抑えながら高い治療効果が期待できます。このため、患者さんが抱きがちな「免疫力が弱まってしまうのではないか」という不安に対しても、より的を絞ったアプローチであると説明できます。
幅広い疾患への適応
IL-4とIL-13が関わる「2型炎症」は、一つの病気だけでなく、複数のアレルギー性疾患に共通する原因です。そのため、デュピクセントは日本において以下の様々な病気の治療に承認されています 。
- アトピー性皮膚炎
- 気管支喘
- 息鼻茸(はなたけ)を伴う慢性副鼻腔炎
- 結節性痒疹(けっせつせいようしん)
- 特発性の慢性蕁麻疹(じんましん)
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
これらは一見すると異なる病気ですが、根底に共通の炎症メカニズムを持つため、デュピクセントという一つの薬剤が効果を発揮するのです。
デュピクセントの有効性
成人アトピー性皮膚炎患者さん740名の国際共同試験
| 治療方法 | 成人のアトピー性皮膚炎患者にデュピクセントとステロイド外用薬を併用した場合の長期有効性、長期安全性を評価する。 3つのグループに分けて(デュピクセント毎週+ステロイド外用、デュピクセント2週毎+ステロイド外用、デュピクセント無し+ステロイド外用)52週間治療し、その後12週間フォローアップした。 |
|---|---|
| 参加条件 | 成人アトピー性皮膚炎患者(18歳以上70歳以下) アトピー性皮膚炎の病歴が3年以上 病変の範囲が体表面積の10%以上 IGAスコアが3(中等症)以上 EASIスコア16以上 そう痒NRSスコアの日内最大値の週平均が3点以上 ストロングクラス以上に相当するステロイド外用薬の投与で効果不十分 |
| 結果 |
EASEスコア(湿疹病変の面積と重症度の指標)が著名に改善した。「EASI-50達成」とは、「EASEスコアが50%以上低下」すること。
EASIスコア変化率の推移治療開始早期から奏功し、その後良い状態を維持できた。
IGA≦1(消失/ほぼ消失)※を達成した患者の割合皮膚病変がほぼ消失(IGA≦1)した患者が3人に1人
|
デュピクセントの安全性
成人アトピー性皮膚炎患者さん740名の国際共同試験
| 結果(安全性) |
副作用副作用はプラセボ群で29.2%(92/315例)、デュピクセント群で34.6%(147/425例)に発現しました。 主な副作用はプラセボ群でアトピー性皮膚炎、注射部位反応、鼻咽頭炎等、デュピクセント群で注射部位反応、頭痛、アレルギー性結膜炎等でした。 重篤な有害事象はプラセボ群で16例(蕁麻疹1例、アトピー性皮膚炎1例等)、デュピクセント群で14例(アトピー性皮膚炎2例、皮膚有棘細胞癌2例等)に発現しました。 投与中止に至った有害事象はプラセボ群で25例(アトピー性皮膚炎15例、蕁麻疹1例等)、デュピクセント群で11例(注射部位反応2例、アトピー性皮膚炎1例等)でした。 本試験において、死亡例は1例でした(交通事故) 。
重度の感染症等の有害事象(52週間)デュピクセント群425例、及びプラセボ群315例において、 重度の感染症がデュピクセント群で1例(0.2%)、プラセボ群で5例(1.6%) 非経口抗菌薬による治療を要する感染症が5例(1.2%)及び3例(1.0%) 2週間を超える経口抗菌薬・抗ウイルス薬・抗真菌薬による治療を要する感染症が3例(0.7%)及び6例(1.9%) 日和見感染症が3例(0.7%)及び11例(3.5%) 臨床的な内部寄生虫感染が1例(0.2%)及び0例に発現しました。
結膜炎の有害事象(52週間)デュピクセント群425例、及びプラセボ群315例において、 結膜炎の有害事象がデュピクセント群で76例 (17.9%)、プラセボ群で25例(7.9%)に発現しました。 重度の結膜炎及び結膜炎による投与中止例は両群ともにありませんでした。 |
|---|
デュピクセントの使い方
デュピクセントは皮下注射で投与する薬剤です。通院の手間を減らすため、医師の指導のもとでご自宅での自己注射が可能です。
投与スケジュール
- 初回: 通常、医療機関で2本(成人アトピー性皮膚炎の場合、合計600mg)を注射します。
- 2回目以降: 2週間ごとに1本(300mg)を注射するのが基本的なスケジュールです 。
- 小児の場合は体重に応じて投与量や間隔が異なります。また、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎では、症状が安定した後に4週間隔での投与が可能になることもあります 。
自己注射の手順
注射器には、針が隠れていて押し当てるだけで自動的に注射ができる「ペン型」があり、初めての方でも安心して使えるように工夫されています 。その使いやすさは、患者さんが治療を継続しやすくするための重要な要素です。
- 準備: 注射の45分以上前に冷蔵庫から注射器を取り出し、箱のまま室温に戻します。電子レンジやお湯などで温めることは絶対にしないでください 。使用期限を確認し、薬液が無色~薄い黄色で透明であることを確認します。
- 注射部位の選択と消毒: お腹(おへその周り5cmは避ける)か、太ももを選びます。毎回同じ場所ではなく、少しずらして注射することが推奨されます 。アルコール綿で注射する部位を消毒し、乾かします。
- 注射: ペン型のキャップを外し、皮膚に対して垂直にしっかりと押し当てます。「カチッ」という音がしたら注射が始まります。そのまま押し当て続け、2回目の「カチッ」という音がするか、窓が黄色に変わったら注射は完了です 。
- 後片付け: 使用済みの注射器は、医療機関から渡される専用の廃棄容器に捨ててください 。
その他の注意点
- 皮膚が敏感な場所、傷やあざがある場所、皮膚炎の症状がひどい場所への注射は避けてください 。
- 注射を忘れた場合は、自己判断で2回分を一度に注射せず、必ず主治医に連絡して指示を仰いでください 。
デュピクセントを使用できない方
デュピクセントは多くの方にとって有効な治療選択肢ですが、安全に使用するため、以下に該当する方は治療を開始する前に必ず主治医との詳細な相談が必要です。安全な治療は、患者さんと医療者が情報を共有し、協力することで成り立ちます。
デュピクセントを使用できない方
- 過去にデュピクセントの成分に対して、重いアレルギー反応(アナフィラキシーなど)を起こしたことがある方 。
使用に際して慎重な検討が必要な方
- 生ワクチンの接種を予定している方: デュピクセント治療中は、麻しん・風しん、おたふくかぜ、水痘などの「生ワクチン」の接種は避ける必要があります。不活化ワクチン(インフルエンザ、新型コロナウイルスワクチンなど)は接種可能ですが、ワクチン接種の予定がある場合は必ず事前に主治医に伝えてください 。
- 寄生虫に感染している方: デュピクセントは寄生虫に対する免疫応答に影響を与える可能性があります。寄生虫感染症にかかっている場合や、流行地域への渡航歴がある場合は、治療前に主治医に申し出てください 。
- 妊娠中・授乳中の方、または妊娠を希望している方: 妊娠中および授乳中の安全性はまだ完全には確立されていません。治療による有益性がリスクを上回ると判断される場合にのみ使用が検討されますので、必ず主治医と十分に話し合ってください 。
- 喘息を合併している方: アトピー性皮膚炎などの治療でデュピクセントを開始した場合でも、自己判断で喘息の治療薬を急に中止しないでください。症状が悪化する危険があります 。
デュピクセントの適応とならない方
- 高額なお薬であるため、国が定めた厳格な開始基準が決められています。
- 症状が軽症の方や、ステロイド外用薬などの標準的な治療を十分な期間試していない方は、原則としてデュピクセントの治療対象とはなりません 。
- 必須条件として、一定期間十分な別の治療を継続することが必要です。
- その期間が6ヵ月と長めに設定されているため、最重症のコントロールできないアトピー性皮膚炎の場合は、より早期に使用を開始できるミチーガも治療の選択肢となります。
デュピクセントの費用
デュピクセントは効果の高い薬剤ですが、薬価が高額であるため、費用は多くの患者さんにとって大きな関心事です。しかし、日本の医療保険制度には、患者さんの負担を軽減するための仕組みが整っています。
自己負担額の目安(3割負担の場合)
デュピクセント300mg 1本の薬価は約58,000円~62,000円です。保険が適用され、自己負担が3割の場合、1本あたりの窓口での支払額は約17,500円~18,500円となります 。 通常は2週間ごとに1本、つまり月に2本使用するため、薬剤費だけで月額約35,000円~37,000円の負担となります。
負担を軽減する「高額療養費制度」
この高額な医療費負担を軽減するために、非常に重要なのが「高額療養費制度」です 。これは、1ヶ月の医療費(診察代、薬剤費など全て含む)の自己負担額が、所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた分が払い戻される制度です。
- 制度活用のポイント: 多くの医療機関では、この制度をうまく活用するために、デュピクセントを3ヶ月分まとめて処方します。これにより1回の処方での合計薬剤費が高額になり、制度の対象となりやすくなります。
- 具体的な負担額の例: 例えば、年収が約370万円~約770万円の方の場合、月々の自己負担上限額は約8万円強に設定されています。3ヶ月分の処方を受けることで、実際の月あたりの負担額は約27,000円程度まで抑えることが可能です 。
- 多数回該当による更なる軽減: さらに、過去12ヶ月以内に3回以上この制度の適用を受けると、4回目からは「多数回該当」となり、自己負担上限額がさらに引き下げられます。これにより、月々の負担額は約15,000円程度になる場合もあります 。
このように、治療にかかる費用について正しく理解し、利用できる制度について知ることは、安心して治療を続けるために不可欠です。高額な薬価だけを見て治療を諦めるのではなく、まずは主治医や薬剤師、加入している健康保険組合に相談することが重要です。
よくある質問
効果はどれくらいで現れますか?
治療はいつまで続ける必要がありますか?
治療をやめると、症状は元に戻りますか?
注射は痛いですか?
治療中にインフルエンザや新型コロナウイルスのワクチンを接種できますか?
これらのワクチンは「不活化ワクチン」であり、デュピクセント治療中に接種しても問題ないと考えられています。接種の際は、問診でデュピクセントを使用中であることを必ず伝えてください 。
自己注射は難しくないですか?