静脈湖とは
静脈湖は、その名の通り、皮膚のすぐ下にある毛細血管の一部(特に静脈)が拡張し、血液が溜まることで、まるで「静脈の湖」のように見える状態を指します 。血管が風船のように少し膨らんでしまった状態をイメージすると分かりやすいかもしれません。これは皮膚の良性の血管腫の一種であり、がん(悪性腫瘍)ではありません 。
静脈湖の見た目と感触の特徴
静脈湖には、いくつかの特徴的な見た目と感触があります。
- 色: 暗い青色から濃い紫色をしており、小さな血豆や色の濃いホクロのように見えることがあります 。
- 大きさ・形: 多くは直径2mmから10mm程度の小さなもので、形は円形または楕円形です。表面は滑らかで、平坦なものから少しドーム状に盛り上がっているものまで様々です 。
- 感触: 触れると柔らかく、スポンジのような弾力があります 。
静脈湖を見分けるヒント:「圧迫テスト」
静脈湖には、診断の決め手となる非常に特徴的な性質があります。それは、圧迫すると一時的に色が消える「退色反応」です 。
指や、もしあればガラス板のような透明なもので静脈湖をゆっくりと圧迫すると、溜まっていた血液が周囲の血管に押し出されるため、青紫色がすっと消えて肌の色に近くなります。そして、圧迫をやめると、再び血液が流れ込んで元の色に戻ります 。この現象は、医師が診断する際の重要な手がかりとなります。
ただし、この特徴はあくまで静脈湖の典型的な性質を示すものであり、自己判断は禁物です。特に、皮膚のできものの中には、悪性黒色腫(メラノーマ)のような、見た目が似ている可能性のある危険な病気も存在します 。メラノーマは通常、圧迫しても色は消えません。しかし、非典型的なケースもあるため、自分で試してみて色が消えたからと安心するのではなく、新しいできものや変化するできものに気づいた場合は、必ず皮膚科専門医の診察を受けることが極めて重要です。専門医はダーモスコピーという特殊な拡大鏡を用いて、より正確な診断を行います 。
静脈湖のできやすい場所
静脈湖は、主に日光(紫外線)に長期間さらされてきた場所にできやすい傾向があります 。具体的には、以下のような部位が好発部位です。
- 唇(特に下唇)
- 耳(特に耳たぶ)
- 顔、首、手の甲
これらの部位は、日常生活で意識せずに紫外線を浴び続けている場所であり、静脈湖の発生が紫外線の影響と深く関連していることを示唆しています。
静脈湖の症状
静脈湖の最も大きな特徴は、そのほとんどが見た目だけの問題であり、身体的な症状を引き起こすことがないという点です 。
静脈湖はほとんどは無症状
大多数のケースでは、静脈湖は痛みやかゆみを伴いません 。ただそこにあるだけで、日常生活において不快感をもたらすことは稀です。
しかし、症状がないからといって、悩みが無いわけではありません。特に唇や顔など、人目につきやすい場所にできた場合、その見た目が気になってしまうという心理的な負担は、決して小さな問題ではありません 。鏡を見るたびに気分が沈んだり、人と話すときに口元が気になったりするなど、生活の質(QOL)に影響を及ぼすこともあります。このように、美容上の観点から治療を希望することは、非常に正当な理由であり、多くの人がクリニックを訪れるきっかけとなっています。
静脈湖に刺激が加わると…
通常は無症状ですが、静脈湖が外部からの刺激を受けると、まれに症状が出ることがあります。例えば、食事中に誤って噛んでしまったり、洗顔時に強くこすったり、ひげ剃りの際に傷つけてしまったりした場合です 。
このような物理的な刺激が加わると、薄くなった血管の壁が傷つき、出血したり、軽い痛みを伴ったりすることがあります 。また、非常に稀ですが、内部で血液が固まって血栓を形成し、触ると少し硬く感じられるようになることもあります 。
静脈湖の原因
静脈湖がなぜできるのか、その正確なメカニズムは完全には解明されていませんが、いくつかの要因が複合的に関わっていると考えられています。その中でも、最も有力な原因は長年にわたる紫外線の影響です。
最大の原因は「長年の紫外線ダメージ」
静脈湖ができやすい場所が唇、耳、顔といった日光に当たりやすい部位であることから、最大の原因は「長年の紫外線ダメージの蓄積」であると考えられています 。
皮膚の血管の壁は、コラーゲンやエラスチンといった線維によってその構造と弾力性が保たれています。しかし、長期間にわたって紫外線を浴び続けると、このコラーゲンやエラスチンがダメージを受けて変性し、もろくなってしまいます 。その結果、血管の壁が弾力性を失い、内部の血液の圧力に耐えきれずに伸びきってしまい、部分的に拡張したまま元に戻らなくなります。この拡張した部分に血液が溜まることで、静脈湖が形成されるのです 。
これは、静脈湖が単なるその場限りの「できもの」ではなく、長年の生活習慣、特に紫外線対策の歴史が皮膚に現れた「サイン」と捉えることができます。したがって、静脈湖が見つかったということは、同じように紫外線のダメージを受けている他の皮膚領域においても、将来的にシミやシワ、さらには皮膚がんといった他の問題が発生するリスクが高まっている可能性を示唆しています。このため、静脈湖の発見は、今後のスキンケアや紫外線対策を見直す良い機会と考えることができます。
その他の要因
紫外線の影響に加えて、以下のような要因も静脈湖の発生に関与していると考えられています。
加齢 | 50歳以上の中高年層に多く見られます 。年齢とともに皮膚全体や血管の弾力性が低下し、もろくなることが一因です 。 |
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肌の色 | 色白で、日光に当たると赤くなりやすい肌タイプ(スキンタイプ)の人は、紫外線によるダメージを受けやすいため、静脈湖ができやすい傾向があります 。 |
喫煙 | 喫煙は血管に様々な悪影響を及ぼし、血管の壁を弱めることが知られています。特に唇にできた静脈湖の場合、喫煙が関連している可能性が指摘されています 。 |
軽いケガ | 唇を噛む癖があるなど、特定の場所に繰り返し軽い外傷が加わることも、血管の拡張の引き金になることがあると考えられています 。 |
治療方法
静脈湖は良性のできものであるため、医学的に必ず治療が必要というわけではありません 。しかし、見た目が気になる場合や、頻繁に出血するなどの機能的な問題がある場合には、治療を選択することができます 。
主な治療法の比較
静脈湖の治療にはいくつかの選択肢があり、それぞれに特徴、メリット、デメリットがあります。どの治療法が最適かは、静脈湖の大きさや場所、患者さんの希望(傷跡をどれだけ気にするか、費用など)によって異なります。
レーザー治療
現在、静脈湖の治療において最も広く行われている方法の一つです。
- 仕組み: 血液中の赤い色素(ヘモグロビン)によく吸収される特殊な波長のレーザー光を照射します。レーザーのエネルギーは周囲の正常な皮膚組織にはほとんどダメージを与えず、血管内の血液に選択的に吸収されて熱に変わります。この熱によって拡張した血管が内側から固まり、収縮・閉塞することで、静脈湖が消えていきます 。
- 施術中の感覚: 局所麻酔のテープや注射を使用することが多いため、施術中の痛みはほとんどありません 。麻酔なしの場合は、「輪ゴムでパチンと弾かれるような」チクっとした刺激を感じる程度です 。施術時間は非常に短く、数秒から1分程度で終わります 。
- 回復過程: 施術後は、その部分が少し赤くなったり、唇の場合は腫れたりすることがありますが、数日で落ち着きます 。その後、黒っぽいかさぶたができ、1〜2週間ほどで自然に剥がれ落ちます 。
- 結果: 傷跡がほとんど残らず、非常に綺麗な仕上がりが期待できるのが最大のメリットです 。
外科的切除
メスを使って静脈湖を物理的に取り除く方法です。
- 仕組み: 局所麻酔の注射をした後、メスで静脈湖の周囲の皮膚を紡錘形に切り取り、できものごと摘出します。その後、傷口を細い糸で縫い合わせます 。
- 施術中の感覚: 局所麻酔が効いているため、施術中に痛みを感じることはありません。
- 回復過程: 施術後、1〜2週間で抜糸のために再度通院が必要です 。
- 結果: 病変を確実に取り除けるというメリットがありますが、必ず一本の線状の傷跡が残ります 。唇など、傷跡が目立ちにくい部位もありますが、傷跡が残ることは避けられません。
費用と保険適用について
静脈湖の治療を考える上で、費用と保険適用の問題は非常に重要です。日本の医療保険制度では、治療の目的によって保険が適用されるかどうかが決まります。
原則として、静脈湖の治療が美容目的である場合は保険適用外となり、自費診療となります。一方、頻繁に出血を繰り返す、食事の際に邪魔になるなど、日常生活に支障をきたす機能的な問題があると医師が判断した場合には、保険適用となる可能性があります 。
この原則により、治療法と費用の間に一つのジレンマが生まれることがあります。一般的に、最も傷跡が綺麗に治るとされるレーザー治療は、美容目的と見なされることが多く、ほとんどの場合が自費診療です 。一方で、保険適用となる可能性がある外科的切除は、確実に傷跡が残る治療法です 。
つまり、患者さんは「自費で高額になるかもしれないが綺麗な仕上がりを目指すか」「保険適用で費用を抑えるが傷跡が残ることを受け入れるか」という選択を迫られる場面があり得ます。どちらを優先するかは個人の価値観によりますので、診察の際に医師と十分に相談し、それぞれの治療法のメリット・デメリット、そして総額費用について納得のいく説明を受けることが大切です。
日常生活で気をつけるポイント
静脈湖の発生を予防するため、また、できてしまった静脈湖を悪化させないため、そして治療後の回復を促すために、日常生活で心がけたいポイントがいくつかあります。
静脈湖を予防するために
静脈湖の最大の原因は紫外線の蓄積ダメージです。したがって、最も効果的な予防策は、日々の紫外線対策を徹底することです 。
日焼け止めの習慣化 | 顔や首、手の甲など、露出する部分には季節を問わず毎日日焼け止めを塗る習慣をつけましょう。 |
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唇のUVケア | 顔には日焼け止めを塗っていても、唇のケアは見落としがちです。静脈湖は特に下唇にできやすいため、SPF値の表示があるUVカット機能付きのリップクリームを日常的に使用することが非常に重要です。 |
物理的な遮光 | 日差しの強い日には、つばの広い帽子や日傘を活用して、物理的に紫外線を遮ることも効果的です。 |
静脈湖ができてしまったら
すでに静脈湖がある場合は、できるだけ刺激を与えないように注意することが大切です。
外傷を避ける | 食事の際は静脈湖がある場所を強く噛まないように意識したり、歯磨きや洗顔の際に優しく触れるようにしたりして、出血のリスクを減らしましょう 。 |
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むやみに触らない | 気になるからといって、頻繁に触ったり、潰そうとしたりするのは絶対にやめましょう。細菌感染や炎症の原因となります。 |
治療後のセルフケア
治療を受けた後は、皮膚がデリケートな状態になっています。医師の指示に従い、適切なアフターケアを行うことが、綺麗な回復への鍵となります。
処方された薬の使用 | 処方された軟膏などがあれば、指示通りに塗布してください 。 |
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刺激物の摂取を控える | 特に唇の治療をした後は、1週間程度、香辛料の多い辛いものや、熱すぎる食べ物・飲み物は患部への刺激となるため、避けるのが賢明です 。 |
治療後の紫外線対策 | 治療後の皮膚は、紫外線に対して特に敏感になっています。この時期に紫外線を浴びると、色素沈着(シミ)が起こりやすくなり、せっかく治療したのに跡が黒ずんでしまう可能性があります。回復期間中はもちろん、その後も継続して徹底した紫外線対策を行うことが、治療結果を最大限に高めるために不可欠です。予防策としての紫外線対策と、治療後のケアとしての紫外線対策は、本質的に同じであり、生涯を通じての皮膚の健康を守るための重要な習慣と言えます。 |
よくある質問

予約の患者様もおりますため、混みあってる日は、診察後から治療術までの間の待ち時間が長くなることがあります。
その場合は、お待ちいただき当日手術を希望されるか、後日の時間予約での手術をご希望されるかご希望を伺っています。

診察前の時間予約は承っておりません。

手術は、局所麻酔注射を行うときに痛みがあります。
歯科麻酔で使われるものと同じものです。
手術中は痛みはありません。

大きなものでも、我慢できる程度の痛みがありますが、時間とともに改善していきます。必要であれば痛み止めも処方しています。

1週間後に必要な場合は抜糸を行います。
顔は少し早く抜糸することも可能で、4~7日で抜糸しています。
抜糸時に、創部の状態によってその後の通院間隔を改めてお伝えしています。

また、静脈湖が後からがん化することもありませんので、ご安心ください 。ただし、まれに悪性黒色腫(メラノーマ)など、見た目が似ている悪性の皮膚がんが存在するため、自己判断は絶対にせず、専門医による正確な診断を受けることが非常に重要です 。

治療をしない限り、生涯にわたって存在し続けます。大きさは変わらないこともありますが、時間をかけて少しずつ大きくなることもあります 。


